常宣寺

南無阿弥陀仏 白河口の戦いで最大の激戦であった明治元年5月1日の翌日に西軍の手によって処刑され、谷津田川に流された東軍将兵及び白河領民の霊を祀ったものである。
以前は新橋のたもとにあったが、常宣寺に移された。
同じ碑が馬町にある。

馬町南無阿弥陀仏
明治戊辰戦死墓 東軍の合葬墓。
會津藩戊辰戦死十二士之墓 12名の埋葬者は判明していない。
笹沼金六墓 会津藩。金兵衛弟。遊撃遠山隊差図役。
明治元年閏4月25日磐城白河で戦死。32歳。

大窪山墓地笹沼金六墓
三坂喜代之助墓 会津藩。一郎右衛門次男。会義隊野田隊。
明治元年閏4月25日磐城白河で戦死。22歳。
長谷川丑吉墓 会津藩。6石2人扶持、免許、用所使番。
明治元年5月1日磐城白河東町で戦死。22歳。
中野半三郎墓 会津藩。理八郎伜。遊撃遠山隊小隊頭(差図役か)。
明治元年閏4月25日磐城白河で戦死。25歳。

大窪山墓地中野半三郎遥拝碑
阿部内膳墓 棚倉藩家老。十六人組の隊長で甲冑に身を固め槍や弓矢の古来の武器で戦う。
「仙台烏に十六ささげなけりゃ官軍高枕」と唄われ、仙台藩の細谷十太夫とともに西軍に怖れられた。
明治元年5月1日白河城下で戦死。
明治2年5月叛逆首謀の罪で絶家。
間野保之助墓 棚倉藩。
明治元年戦死。
植松庄六墓 三河豊橋。
4月24日没。詳細不詳。