長伝寺

高田藩干忠碑 越後高田藩は西軍に与したがそれを知らされていなかった分領である釜子陣屋詰藩士は八木操利を隊長として列藩同盟軍に加わり東軍として戦い16人の戦死者を出した。
この碑は、旧幕臣榎本武揚の篆額、旧会津藩士山川浩の撰文、旧高田藩士中根聞の書で明治23年に建立された。
戦死集霊供養塔 釜子陣屋の戦死者の供養塔。

釜子陣屋戦死者
(殉難者名鑑には12名、戊辰戦争忠魂録には17名。しかし殉難者名鑑に記載されていて、戊辰戦争忠魂録には記載されていない1名の18名分)